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鼠穴
兄が貸す3文というハシタ金。
立川談志師は、「このアニキ本気で貸してないよな?」と一刀両断に分析。
夢オチ、とは簡単に片付けられない激動の時間。
たしかに、「あの時オレはお前を立て直すために、性根をたたき直すためにハシタ金しか渡さなかった」と後で美談にできるような内容じゃないですよね。
つまりそれは、「あっ、夢だったのか」を自由に設定できる環境にありながら、一番ひどい状況で目が覚める、救われ方。それにしてもムゴいスリが現れるのは、「文七元結」と同じで、娘を売った50両。この部分だけなぜか、そういう「他の設定とかぶる」あるいは「省略」がある。
江戸落語にはなぜか、スリに妙なリアリティがあります。火事の夢は吉だそうで、「燃え盛る」から、その家は「栄える」んだそうです。ダジャレか、などと言ってはいけないのです。
夢は土蔵の疲れだ…。この最後のセリフの元である「夢は五臓の疲れ」、現代でも震えが来るほど通用するではありませんか。
立川談志師は、「このアニキ本気で貸してないよな?」と一刀両断に分析。
夢オチ、とは簡単に片付けられない激動の時間。
たしかに、「あの時オレはお前を立て直すために、性根をたたき直すためにハシタ金しか渡さなかった」と後で美談にできるような内容じゃないですよね。
つまりそれは、「あっ、夢だったのか」を自由に設定できる環境にありながら、一番ひどい状況で目が覚める、救われ方。それにしてもムゴいスリが現れるのは、「文七元結」と同じで、娘を売った50両。この部分だけなぜか、そういう「他の設定とかぶる」あるいは「省略」がある。
江戸落語にはなぜか、スリに妙なリアリティがあります。火事の夢は吉だそうで、「燃え盛る」から、その家は「栄える」んだそうです。ダジャレか、などと言ってはいけないのです。
夢は土蔵の疲れだ…。この最後のセリフの元である「夢は五臓の疲れ」、現代でも震えが来るほど通用するではありませんか。
五人廻し
これは明治初期のお噺でしょうか。
象徴的なのは、おそらく官軍関係者の「爆裂弾をたたっこむぞ!」というセリフでしょう。
この「廻し」というのは関西にはあまりなかったのだそうで、どういえばフェミニストの方々にカチンとこられずに説明したらよいのか悩みますが、あくまで「廻し」というのは店側(女性側)から見た、今日でいう“お店の回転”に当たる言葉なんですよね。
決して、「姦す」などという恐ろしい概念は入り込んできません。
あくまで東洋的おおらかさに包まれた、実に母性的な世界観です。
たいしたお足(金)を払っていないもんだから、全然良い扱いをしてもらえない最低級の客たち。
それでも、あの、吉原の沿革を畳み掛ける場面(これがこの噺の最大の見せ場でしょう)では、どんな書物を読むよりもありありと街の風景が浮かびます。
まるで、そこに舞い上がる砂煙や水たまり(笑)までもが鮮明に。
象徴的なのは、おそらく官軍関係者の「爆裂弾をたたっこむぞ!」というセリフでしょう。
この「廻し」というのは関西にはあまりなかったのだそうで、どういえばフェミニストの方々にカチンとこられずに説明したらよいのか悩みますが、あくまで「廻し」というのは店側(女性側)から見た、今日でいう“お店の回転”に当たる言葉なんですよね。
決して、「姦す」などという恐ろしい概念は入り込んできません。
あくまで東洋的おおらかさに包まれた、実に母性的な世界観です。
たいしたお足(金)を払っていないもんだから、全然良い扱いをしてもらえない最低級の客たち。
それでも、あの、吉原の沿革を畳み掛ける場面(これがこの噺の最大の見せ場でしょう)では、どんな書物を読むよりもありありと街の風景が浮かびます。
まるで、そこに舞い上がる砂煙や水たまり(笑)までもが鮮明に。
鰻の幇間
「よ!よ!」てね、太鼓持ちと言われるキャラクターを許せる、
旦那衆というのはやっぱり、フトコロの深い人たちだったんでしょうね。
お世辞で盛り上げおだて上げるという風情を、誰も彼もが喜ぶとはどうも思えませんからね。
夏の暑い日の、うらぶれた鰻屋。
客間で手習いをしている孫、というような描写で、その店のレベルを的確に表現している。
後半、騙されたと気づいた太鼓持ちがぶつぶつと文句を言いながら鰻を食べる。
器の絵柄までもが活写されている様子で、近所の営みまで想像できる。楽しい。
大便所の手前まで迎えに行った時、なかなか出て来ないニセ旦那(実際はいない)に、」「難産ですか?」と話しかける。大便が出ない事を「難産」とする表現は、わりと昔からあったんですね。
でも今後、あのニセ旦那と、ひょっとしたらまた会うこともあるわけでしょう?
現に今回も、ぶらぶらしていて浴衣姿で湯屋へ行く途中を見つけたわけですから。
浴衣姿というからには、あの近所に住んでいるのは確実ですから、この太鼓持ちのテリトリーに住まいしているはずでしょう。偶然の再会、じゅうぶんにあり得ます。
それにしても、どうしてああぽんぽんとウソが出て、取り巻く太鼓持ちに逆ネジを食らわすことができたんでしょう。ひょっとしてあのニセ旦那は、本当にどこかの旦那じゃないですかね。
太鼓持ちを騙して鰻をおごらせ、土産と履物までさらっていった手口、その堂に入ったやり口はそうとう、幇間気質を熟知していると思えます。
なんとなくコズルイそのやり方で、「こいつぁどっかのタイコモチだったのかな…?」とも考えられますけど、ああまであっさり本物の幇間を引っ掛けるには、それなりの風格もなくっちゃいけない。
それだけに「本物の(ノダイコ風情ではなく)、立派な一流の幇間」かとも思えなくもないですが。
江戸年間、目黒川に架かる通称「太鼓橋」の下あたりでとれるウナギがめっぽうウマイと評判だったそうで、それこそ「目黒のさんま」ならぬ「たいこのうなぎ」は、誰もが知るウマイ鰻の代名詞だったそうです。
つまり「鰻の幇間」というタイトルは、そのモジリではなのです。
旦那衆というのはやっぱり、フトコロの深い人たちだったんでしょうね。
お世辞で盛り上げおだて上げるという風情を、誰も彼もが喜ぶとはどうも思えませんからね。
夏の暑い日の、うらぶれた鰻屋。
客間で手習いをしている孫、というような描写で、その店のレベルを的確に表現している。
後半、騙されたと気づいた太鼓持ちがぶつぶつと文句を言いながら鰻を食べる。
器の絵柄までもが活写されている様子で、近所の営みまで想像できる。楽しい。
大便所の手前まで迎えに行った時、なかなか出て来ないニセ旦那(実際はいない)に、」「難産ですか?」と話しかける。大便が出ない事を「難産」とする表現は、わりと昔からあったんですね。
でも今後、あのニセ旦那と、ひょっとしたらまた会うこともあるわけでしょう?
現に今回も、ぶらぶらしていて浴衣姿で湯屋へ行く途中を見つけたわけですから。
浴衣姿というからには、あの近所に住んでいるのは確実ですから、この太鼓持ちのテリトリーに住まいしているはずでしょう。偶然の再会、じゅうぶんにあり得ます。
それにしても、どうしてああぽんぽんとウソが出て、取り巻く太鼓持ちに逆ネジを食らわすことができたんでしょう。ひょっとしてあのニセ旦那は、本当にどこかの旦那じゃないですかね。
太鼓持ちを騙して鰻をおごらせ、土産と履物までさらっていった手口、その堂に入ったやり口はそうとう、幇間気質を熟知していると思えます。
なんとなくコズルイそのやり方で、「こいつぁどっかのタイコモチだったのかな…?」とも考えられますけど、ああまであっさり本物の幇間を引っ掛けるには、それなりの風格もなくっちゃいけない。
それだけに「本物の(ノダイコ風情ではなく)、立派な一流の幇間」かとも思えなくもないですが。
江戸年間、目黒川に架かる通称「太鼓橋」の下あたりでとれるウナギがめっぽうウマイと評判だったそうで、それこそ「目黒のさんま」ならぬ「たいこのうなぎ」は、誰もが知るウマイ鰻の代名詞だったそうです。
つまり「鰻の幇間」というタイトルは、そのモジリではなのです。
猫の忠信
「狐の忠信」という原型のパロディかと思いきや、ぜんっぜん関係ないオカルトホラー。
しかも、猫の正体がバレたあとも、大して驚いていない登場人物たちに驚かされます。
「これで今度の出し物は大成功やで!」とか…(笑)。
一番の見せ場は、ニセモノである常吉(化け猫)と師匠のお静さんが飲んでいるところ、
次郎貴が正体を暴いて本物の常吉が踊り込んでくるところでしょうか。
なにせ登場人物が4人になり、そのうち2人は同じ顔・姿なんですから、演じる方がしっかりわかってないとドタバタになります。
位置関係や驚き、間の取り方を間違えると緊迫感がなくなる。
それにしてもこの化け猫の縁起、不思議な話です。
はびこったネズミを退治するのに、高貴な人に飼われた猫の皮で三味線を作り、
弾けばネズミがいなくなる?
その猫の子供が化けて出たと。つまりこの化け猫は、師匠に取り入って三味線を取り返そうとしたんですかね。
それにしても、取り返そうとするのに「ヌクイツクリ」に意味あんのかなぁ…。
しかも、猫の正体がバレたあとも、大して驚いていない登場人物たちに驚かされます。
「これで今度の出し物は大成功やで!」とか…(笑)。
一番の見せ場は、ニセモノである常吉(化け猫)と師匠のお静さんが飲んでいるところ、
次郎貴が正体を暴いて本物の常吉が踊り込んでくるところでしょうか。
なにせ登場人物が4人になり、そのうち2人は同じ顔・姿なんですから、演じる方がしっかりわかってないとドタバタになります。
位置関係や驚き、間の取り方を間違えると緊迫感がなくなる。
それにしてもこの化け猫の縁起、不思議な話です。
はびこったネズミを退治するのに、高貴な人に飼われた猫の皮で三味線を作り、
弾けばネズミがいなくなる?
その猫の子供が化けて出たと。つまりこの化け猫は、師匠に取り入って三味線を取り返そうとしたんですかね。
それにしても、取り返そうとするのに「ヌクイツクリ」に意味あんのかなぁ…。
帯久
こんなにこってり商人が出て来る噺も、逆に珍しいんではないでしょうか。
実際の大阪の町並みが、目に浮かぶようです。最終的には政談モノなんですねこれ。
つまり「良い裁き」の一例みたいな。
結局、奉行所は悪い方の「帯屋」の悪行を調べ上げていて、追い込まれた方の旦那の評判まで知ってたってことですね。「五貫裁き」や「鹿政談」もそうなんですが、こういう「お白州」が出て来る噺では、その“奉行所の意図”が充分に説明されないことが多い。
それが少し不満です。
結果的には正義が勝つ、さすがお上、ということになるんですが、その根拠は「きちんと調べている」ことにあるわけです。
上告、なんていう制度はありませんしマスコミも存在しませんから、奉行所による調べがすべてです。それで正確に評判から悪さの度合いから懲らしめ方まですべて胸のすくような裁断を下すんですから、その調べの精緻さは計り知れない。
こういう噺って、つまり、大阪じゃあ実際にはそんなに細かい調べはなく贈賄と袖の下でどうとでもなったお白州(役人や同心・奉行)への、ひょっとしたら皮肉なんじゃないでしょうか。
実際の大阪の町並みが、目に浮かぶようです。最終的には政談モノなんですねこれ。
つまり「良い裁き」の一例みたいな。
結局、奉行所は悪い方の「帯屋」の悪行を調べ上げていて、追い込まれた方の旦那の評判まで知ってたってことですね。「五貫裁き」や「鹿政談」もそうなんですが、こういう「お白州」が出て来る噺では、その“奉行所の意図”が充分に説明されないことが多い。
それが少し不満です。
結果的には正義が勝つ、さすがお上、ということになるんですが、その根拠は「きちんと調べている」ことにあるわけです。
上告、なんていう制度はありませんしマスコミも存在しませんから、奉行所による調べがすべてです。それで正確に評判から悪さの度合いから懲らしめ方まですべて胸のすくような裁断を下すんですから、その調べの精緻さは計り知れない。
こういう噺って、つまり、大阪じゃあ実際にはそんなに細かい調べはなく贈賄と袖の下でどうとでもなったお白州(役人や同心・奉行)への、ひょっとしたら皮肉なんじゃないでしょうか。



